2023年9月末から10月上旬、
JILA日本インドネシア法律家協会の
活動の一環として、
ジャカルタとジョグジャカルタを訪問しました。
その中で一番私が楽しみにしていて
実際とてもおもしろかった
ジョグジャカルタ宗教裁判所について
一年の振り返りもかねてレポートを綴ります。
宗教裁判所とは
まず前提として
インドネシアの司法制度においては
最高裁判所の下に
①通常裁判所
②行政裁判所
③宗教裁判所
④軍事裁判所
の4種類の裁判系列があり、
さらにこれとは別に
憲法裁判所が設置されています。
宗教裁判所(Pengadilan Agama)は
イスラム教徒の婚姻・離婚、相続、遺言、
贈与、寄進、イスラム金融などに関する
事件を管轄しています。
家事事件を扱うという点で
日本の家庭裁判所のイメージに近いです。
ジョグジャカルタ宗教裁判所の概要
所長(Ketua)は女性で
職員は12人の判事(Hakim)を含め48人。
判事や職員も女性の割合が多いことが
影響しているのかどうかわかりませんが、
後述する様々なホスピタリティが感じられる裁判所でした。
ジョグジャカルタは
学生が多い街として知られていますが、
それゆえに学生の研究対象となっており
毎日のように学生が見学に来ているそうです。
裁判所内を見学させてもらうと
入口を入ると
一般利用者向けの受付窓口があります。
PTSP=ワンストップサービス
と掲げられていて
用件に応じた窓口が複数設置されています。
そして、窓口のデスクを見ると、
点字が施されていました。
さらに受付には手話通訳者が常駐していたり、
耳の不自由な方のために
法廷内にチャットで裁判官とやりとりできる
システムを導入していたり、
誰でもトイレが完備されていたり、
移動が不自由な方のために
裁判所の職員が送迎するサービスを
提供していたりと、
バリアフリー設備が充実していました。
そのほか、
保健室や授乳室、プレイルームもあり
母子にもやさしく、
待合室には
フリードリンクやお菓子があり、
裁判所の敷地内には
無料のカフェスペースがあり、
あらゆる方が利用しやすくなるような工夫が
隈なく施されていました。
最も驚いたのは、
ドライブスルーがあったことでした!
ここでは
・離婚証明書
・判決書・決定書謄本
・判決書・決定書謄本の認証
を車から降りることなく
早く受け取ることができます。
WhatsAppを通じて利用申込をし
本人の場合はKTP、
代理人の場合は委任状を提示して
受け取るしくみのようです。
同行していたインドネシア人弁護士も
裁判所にドライブスルーがあるのは
初めて見たそうで、
インドネシア国内でも珍しい取り組みなのかもしれません。
離婚時の親権に関する日本とインドネシアの違い
見学後に意見交換の時間があり、
聞きたいことがありすぎて
時間が足りませんでしたが、
イスラム教徒間の離婚に関して
個人的にクリアになったことが1つあります。
それは、離婚時に未成年の子どもがいる場合
日本では
父母どちらか一方を親権者と定めることが
離婚成立の必須条件であるのに対して、
インドネシアでは
離婚成立と親権者の決定は別で
離婚成立後でも親権者の決定ができるということです。
例えば、
ムスリムのインドネシア国籍の女性が
日本国籍の男性と結婚して
「日本人の配偶者等」の在留資格を取得し、
インドネシア国籍の元夫との間の
子ども(連れ子)を「定住者」の在留資格で
呼び寄せる申請をする場合に、
母親に親権があることを証明する書類を
入管から求められます。
この場合、離婚証明書(Akta Cerai)には
親権の定めに関する記載がないので別途、
宗教裁判所で親権者の決定を求める
申立てを行い決定書を得る必要があります。
ただ、この親権者の決定を求める手続を
していない場合が多いのが実情です。
その場合は
- 宗教裁判所に申立てをしてもらう
- 父親の現状を確認した上で、
親権を証明する書類がないことと
親権が母親にあることを説明する理由書を作成する
といった方法を検討することになります。
イスラム相続法の理解を深めたい
在留外国人統計によると、
2023年6月末時点で
日本に在留するインドネシア国籍者は
約12万人で全体の約3.8%ではありますが、
中国、ベトナム、韓国、フィリピン、
ブラジル、ネパールに次いで7番目に多く、
今後も増加することが強く見込まれます。
日本で暮らすインドネシア国籍者が増えれば、
おのずとインドネシアがからむ相続手続も
増えていくでしょう。
日本における国際相続について、
法の適用に関する通則法第36条では
「相続は、被相続人の本国法による。」
と規定されており、
日本でインドネシア国籍者が亡くなった場合
インドネシアの相続法が適用されることになります。
そして、インドネシアの場合は
すべてのインドネシア国民に適用される
統一された相続法がなく、
- 民法
- イスラム法集成(Kompilasi Hukum Islam、KHI)
- 慣習法(Adat)
という3つの法体系があり、
民法はイスラム教徒以外に
イスラム法集成はイスラム教徒に
慣習法は信仰する宗教にかかわらず地域ごとに場所的に適用されます。
イスラム法集成は
正確には法律ではないのですが
インドネシア共和国大統領令1991年第1号で使用が指示されたもので、
宗教裁判所においてイスラム教徒に限定して適用される法的指針です。
今回の訪問で宗教裁判所管轄の事件を担当する
女性判事と連絡先を交換することができ、
日本へ帰国後もWhatsAppを通じてご教示いただいています。
インドネシアがからむ相続手続に
対応できる専門家は
日本ではまだごく少数だと思うので、
弊所ではそのニッチなニーズに
対応できるようにしていきたいと思っています!